現役協力隊員の声

【地域おこし協力隊員 インタビュー】

【プロフィール】

1992年6月9日生まれ、25歳。福井県敦賀市出身。

敦賀高校普通科→日本映画大学映画学部1期卒業生。

20歳の冬を迎えた2013年、地元敦賀を舞台にした自主製作映画『SNOWGIRL』(62分)を初監督し、2015年には敦賀映画第2弾と銘打ちオール敦賀ロケで『弥生の虹』(74分)を監督。2017年には敦賀市からの依頼を受け観光ショートムービー『いつか、きらめきたくて。』(全四話)の監督や敦賀市市制80周年記念映像『敦賀市 80年のあゆみ』の構成・撮影・編集を務める。18歳の頃から“2020年までに全国公開作を撮る”と公言し日々奮闘中。現在は本土最南端の鹿児島県南大隅町地域おこし協力隊として映像での地域活性化に力を注いでいる。

 

Qこれまでの人生について、教えてください

→詳細はプロフィールを見ていただきたいのですが、中学生のときに地元のこどもミュージカルがあって、それに参加したんです。そこでまず芝居作りの面白さに目覚めました。また、もともとビデオで何かを撮るのが好きで、家族の中での役割分担としてもイベントごとのカメラマンをする機会が多くて、これを両方できるのが映画だな!と思ったのが高校入学してすぐの時ですね。

 

Qそれで、日本映画大学に進学したと。どんな大学生だったのですか?

 大学の授業のみではあきたらず、プロの現場に応援スタッフとして入ったり、自分で映画を撮ったりしていました。当時の同じ学生のなかでもかなりガツガツしていたと思います。笑。

全国公開映画のスタッフに潜り込んだりして、いろいろ経験を積みました。大学卒業後は、就職というのは考えず、そのままフリーランスの道を選択しまして。映画館でアルバイトをしながら個人で映像を撮り始めたんです。途中、縁あって東宝スタジオでの仕事をお手伝いする機会もあり、日本最高峰の映画製作の現場にスタッフとして関われたのは大きい経験でした。そんなとき、出身地である福井県敦賀市から仕事をいただき、作品を制作したのち、地域おこし協力隊になりました。

 

Q南大隅町との接点について教えてください

→実は南大隅町は、母方の実家なんです。祖父母はいまも健在で、私は祖父母の家に住んでいます。

 小さいころ、そうですね小学生のときは毎年夏休みに南大隅町で暮らしていました。1か月くらいかな。小6まで6年間。基本的にはいとこが一緒に居るので、いとこたちと南大隅町を満喫してましたよ。海とかプールいったり、川でカニをつかまえたり、花火したり、スイカをたべたり。佐多岬に行ったり。その後も、中3、高3、大学3年の春休みなどは一定期間、南大隅ですごしてきました。大好きな場所です。

 

Q最初に地域おこし協力隊を知った時の印象を

2015年頃から制度自体については知っていました。画期的な制度だなと思う一方で、自分は無いだろうなと思っていました。移住のハードルって、やはり高いなと思ってまして。身を寄せて数年、と考えると無いなと。

でも、2016年の暮れに久々に南大隅町に帰省したときに、親戚から「鹿児島で映画とりなよ!」と背中を押されたんです。「あ、自分にも鹿児島で役立てることがあるかもな」と思ったのが最初のきっかけです。その後いろいろ考えると、自分にとって地域おこし協力隊って、すごく良い枠組みなんじゃないかなと思うようになったんです。

 

Q映画監督として地域おこし協力隊になることの良さって?

東京には競合がいっぱいいるんですよ。でも、地方には映画分野で本気で勝負しようとしている人が東京ほど多くないので、本気でやれば頭一つ抜けるまでに必要な時間が短い。それに、これは福井でも感じたことですが、地方の方が応援が集まりやすいなと感じることもあります。

 また、自分が映画を通して社会に与えるインパクトの大きさという意味でも地方は魅力でした。そして何より、映画という切り口はユニークで、まちの人が面白がってくれます。そして、応援してくれる。やっぱり映画を作るには多くの人の協力が必要なので、皆さんに応援してもらいやすい地域おこし協力隊という枠組みは魅力的です。

 

Q実際に着任してみて、いまどう感じていますか?

着任直後、あらためてこれは良いシステムだと思いました。自分の好きなことを、好きなだけできるし、協力隊なのでいろんなところに取材に行けます。自分が映像をつくり、撮影して、仕上げる時間を十分とれる、これはとても幸せなことだなと思います。

それと、公務員の方のイメージが変わりました。皆さんは自分が思っている以上に人間味があって、私たちのチャレンジも全力で応援してくれるし。これまで自分が勝手に色眼鏡でみていて申し訳ないなと心から思いました。

 

Q他のまちでは、がんじがらめになることもあるようですが?

→南大隅町は比較的自由にやらせてもらっています。地域おこし協力隊という制度については、ネットではネガティブな記事も多いですが、うち(南大隅町)はあたりだと思います。着任後1年弱たった今の印象としては、私の場合、協力隊になってすごくよかったと思っています。選択は間違えてなかったですね。

→まず個人的なことで言うと、思っていたより、協力隊としての事務作業(ルーティン)が少ないので、やりたいことに時間をさけています。そして、役場内で「これやりません?」みたいな提案が割と通るんですね。さらに、「協力隊です!」といえば、町の大概の人が話を聞いてくれる。  

 

Q協力隊としての一番の喜びを教えてください

→やっぱり町の人に喜ばれることですね。例えば、私がなにか撮影して、編集して、町民の方にお見せすると、めっちゃ喜ばれるんです。自分の仕事がニーズに合っていて、喜ばれるのは本当にうれしい。この仕事の醍醐味です。

 

Qここだけの話、これがきついという話もあれば教えてください。

→あんまりないです。まあ強いて言うなら、土日のイベントや仕事が多いので、休みは少ないんですけど、まあ振替はとれるので、休もうと思えば休めます。私の場合、ついつい楽しさに負けて自分でいろいろ組み込んでしまうので、自分のせいでもあるのですが。

 

Q最後に、協力隊を卒業した後のイメージを教えてください

→私の場合は、映画監督として、活躍することです。これに尽きますね。私の場合、協力隊は一つのステップでしかないので、卒業後にどうしようというのは全くないんです。むしろ、早い段階で次のステップに移りたいと思っていて、その機会をうかがっている状態ですね。 

 

(聞き手:一般社団法人鹿児島天文館総合研究所Ten-Lab 理事長 永山由高)

 

【インタビューメモ:永山より】

南大隅町の一風変わった地域おこし協力隊 山下さんのお話は、地域のためと、自分のため、のバランスが良い具合にとれていて、理想的な形だなあと感じました。地域おこし協力隊といっても、すべてをささげて町のために!というのは難しいなと思います。自分自身の夢に向けて、そのプロセスとして一定期間を役場の中で町民の皆さんと一緒にチャレンジする、というスタイルは、新しいなあと感じることでした。